竹林の会/小さな植林隊

雑記 平成27年(2015年) 7月4日(土)



虫の意思、植物の意思



ニュージーランドで動物福祉法が5月に改正され、
動物は「感受性を持つ存在」であるとされました。

同様の記述はドイツやフランスの法律にも見られ、
これらの国では動物は人と物との間に位置する
特別な存在と位置づけられています。・・・
動物の福祉についてさらに詳しく見たい方はこちら


(NPO法人 地球生物会議 ALIVE より一部抜粋)
      



 



動物が感受性を持っている事は少し観察すればわかりますが、
ニュージーランドが国の法律として、このように明確に規定した事は大変素晴らしいと思います。

日本は、国として、まだその様な認識を表明できていないので
変えていかなければいけないところです。
他の生き物への配慮ができて、真の先進国と言えます。



さて、今回は動物ではなく、昆虫についてです。

昨日、棚に止まっていた蚊を何気なく見たところ、
くちばしを前両足で整えたり、後ろ足を他の足で挟んで伸ばすようなしぐさをしていました。

おそらく、くちばしの汚れを落として、くちばしがさっと刺さるように、
後ろ足は、
壁にしっかりと止まれるようにきれいにしていたのだと思います。

その行動を見ていて、もしかしたら昆虫も感受性というか、
意思をちゃんと持っているのではないかと思いました。

そのような仕草、行動をしたという事は、そうしようという意思があった、
くちばしや足を整えておいて、いざというときにしっかり役に立つように、
今のうちにきれいにしておこう、と考えての行動の様な気がします。

行動の裏には意思がある、と考えると、昆虫にも感受性、意思があるかもしれません。

ありは、大きなえさを見つけると、仲間に伝達して、他のありと協力して
巣へえさを運びます。
ありは、会話し、協力するということをやっているわけです。
意思があってのことと言えるでしょう。

色々な昆虫が色々な動きをしています。
えさを捕まえるために、わなを仕掛けるのは、この辺なら、うまくえさがかかってきそうだと
判断してわなを作っているかもしれません。

また、危険を感じたら動きを止めるのは、今動いたら危ない、と判断して
動きを止めていると思います。

それら1つ1つを観察する事で、昆虫の意思を見ることができるような気がします。
意思と感受性というのは少し違うかもしれませんが、
頭で考え、判断して、行動しているという点では、昆虫も動物と同じとも言えます。


動物、昆虫だけでなく、植物も意思があるかもしれません。
植物は、太陽の光があるほうへ、枝を伸ばして、葉をつけます。
こっちの方が、光が当たるから、枝をこっちに伸ばしていこう、
そういう意思があった上での、枝を伸ばす行動だと思います。

落葉樹は冬が来る前に、葉を全て落としてしまいます。
外の気温を感じ取っています。



かつて人間は、同じ人間に対して、ひどい扱いをしていた時期もありました。
奴隷制度、部落差別、人種差別。
同じ人間なのに、肌の色が違うとか、階級が違うとか、そんな理由で
人間以下のひどい仕打ちがされてきました。
しかし、今は、だいぶ改善されました。

虐(しいた)げられていた人達も同じ人間で感情を持ち、考え、生きているということがわかったから。
差別されていた人達が人権を認めるよう訴えて働きかけてきたから。

言葉が通じる人間同士だからこそ、改善されたと言えます。


しかし、他の生き物達、動物、昆虫、植物などは、この先どれだけ時間が経っても、
きっと人間と正確な言葉を交わす事はないでしょう。
他の生き物達は、権利を主張して訴えることも、まわりに働きかけることもできません。

だからこそ、人間側からよく見て、他の生き物達も意思、感受性を持って
生きていることを理解し、そういった生き物達へも配慮する事が大切なのだと思います。

思いやりの心、慈悲の心です。



人間は、植物や自然の景色を見て、なぜ、きれいと思うのでしょうか?

人間は、動物を見て、なぜ、かわいいと思うのでしょうか?

不思議に思いませんか?
理由はわかりませんが、とにかくそう感じるようにできています。

そして、人は、きれいなもの、かわいいものを大事にしようとします。


持って生まれた人間の本能に、その様な感覚があるのは、
人間を作った神様、あるいは仏様、あるいは天、地球が、
「植物や自然、動物などを大切にしなさい」と、大事な意思を伝えているのかもしれません。

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