小さな植林隊 竹林の会

雑記 平成24年5月3日(木)


3月11日 日比谷公園発 脱原発デモ 国会議事堂人の鎖で囲む


日比谷公園の集合場所には多くの人が詰め掛けていました。のぼりも多数見られます。


平成23年(2011年)3月11日、東日本大震災から1年。

未だに原発事故が収束していない状況で、核燃料がどこにいって、どのような状態になっているのか
わからない、また、原発そのものも爆発した当時のままで、放射性物質が垂れ流し状態になっています。

何にも解決していないにもかかわらず、国は原発の再稼動をしようと必死になっています。
何を考えているのでしょうか。

これだけ多くの人が、怖い目に遭い、避難し、職を失い、食の安全が脅かされ、
命が危険にさらされていることを考えると、一度事故を起こしたら手がつけられない原発を推進することが
いかに愚かな事か、今回の福島原発の事故でわかるのが普通ですが、
どうもまだその辺が理解できていないようです。
もう一度天罰を受けなければ状況を変えられないのでしょうか?

これまで散々原発は安全だと言って、危険予測や危機対応をおろそかにしてきた推進する側は、
これだけ多くの人が迷惑をこうむった現状に対してどう考えているのでしょうか?

広大な土地を汚染し取り返しがつかない状況となってしまったことは、
今を生きる私たちだけでなく、将来世代に渡って、半永久的に負の遺産を残し、
重大な責任を負います。

社会的犯罪。

法で裁かれる必要があるのではないでしょうか。



国がまともな道を選ぶことができなくなっている以上、
私たち国民一人一人が意思表示をしていく必要があります。

デモはその手段として大事なものです。
今回は東日本大震災からちょうど1年目。
日比谷公園のデモに参加してきました。


班毎に区切られてのデモ行進でした。 音楽隊もいます。これがあるから楽しい!
脱原発テント村です。 国会議事堂前には警察官が多数いました。



人数が多かったので、ある程度の一塊ごとに区切られ、デモ行進が行われました。
最初私がいた塊は、楽器隊もなく、声を出す人もなく、静かに行進だけしていました。
今回のために、竹でのぼりを作り、脱原発の文字を背に掲げて歩いていました。

しかし、デモは声を出さなければ面白くない。
昨年6月に新宿で行われたデモは、楽器隊や、様々な工夫が凝らされた看板を掲げた人たち、
拡声器で脱原発の言葉を発する人などがいて、デモというよりパレードという感じでした。
その時と比べると今回は少し物足りなさを感じていたところに、ちょうど昨年の新宿のデモで
歌を歌っていた人の声が聞こえたので、途中からそちらの方に移動しました。

音楽隊がいるところに入ってからは、歌があり、脱原発を訴えたりと、楽しく参加できました。
私の場合は黙々と歩いているよりは、こちらの方がいいですね。
デモを楽しくやることはどうなのか?という疑問を持つ方もいるかもしれませんが、
参加してみればわかります。

大事なことは意思表示であり、デモはその手段です。
楽しくやろうがまじめにやろうが、とにかく原発はいらないという意思表示が大切なのです。
そして長く続けていくには楽しい方がいいです。
なので、できるだけ様々な趣向を凝らして、多くの人を巻き込んでいけるといいと思っています。

途中脱原発テント村を通りました。ハンガーストライキ(断食での抗議)などが行われているところです。
寝泊りを続けて、政府に抗議をしている方々がいました。
人生をかけています。


いったん日比谷公園に戻り解散したのち、国会議事堂を人の鎖で囲む方へ向かいます。
途中、ろうそくをもらいました。

国会議事堂の周囲には警察官が多数立っていました。
道路を挟んで周囲を囲むことになっていましたが、たくさんの人が流れてきていたので、
無事に国会議事堂を人の鎖で囲むことができました。

もらったろうそくに火をつけて、キャンドルナイトも同時に行いました。
一時、雨も降りましたが、すぐにやみました。

世の中から早く原発がなくなりますように。

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